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ふらふらと生きる。

ルサンチマンオーラを身に纏う *** 京大の大学院に受かったことあります。が、笑えないほど底辺

ギークハウスの人たちと仕事

この記事はギークハウス Advent Calendar 2016の13日目の記事です。

 
(0-0)導入

ギークハウスに住んでだいたい1.5年くらいたった。もともとギークハウス荻窪にいて、そのあとギークハウス新宿に移った。

・働き方についてなど書きます。

・うまくやればゆるくでも生きられるらしいということ。また、情報の強さが大事だということを伝えたい。(やや内容が冗長的というかくどいです)。あと、多くはプログラマーイメージした話です。 

・文章が書くのがへたなのでつぶやき風にしました。  

・注意:今住んでいるギークハウスのまわりの状況なので他とはまた違うかもしれません。


0.ギークハウスの人たち
 0.導入
 1.いろいろな人たち
1.仕事の話
 0.導入
 1.バイトとか
 2.会社・転職とかエンジニアとか
 3.自分の話
2.まとめ
 0.感想
 1.おまけ


(0-1)ギークハウスの人たち

・いろいろな人がいて実際今住んでいるところでは働いている人が多いがニートもよくいる。よく言われることとしてニートでも普通におっけいな空気がある。

・中卒(or 高校中退)から大学院卒までいる。

・年齢も下は20前半とか上はわからないけど40代位の人。

・情報の多さがなによりも強いと私は感じている。

・世の中の人はだいぶ真面目という感じして、多くの人は高校→大学→会社という感じだが、むしろ、いわゆる空白期間的な微妙な期間がない人の方がギークハウスでは少ない。

 
(1)仕事の話
 (1-0)導入

・今回は自分が初の会社に行くというようなことをやったので、働き方や仕事などに着目する。
 
(1-1)バイトとか

・ちょっとしたバイトでも、どなたかがゆるい割には時給もまぁまぁみたいなのを見つけてきて、またたくまに情報は伝わってみんなでやったりする。

・自分も過去には派遣で工場とかやったけど、、、まぁそりゃね。

 
(1-2)転職とか

・今年話題になったことして、電通でいわゆるエリートの人が自殺してしまったというニュースがあった。ギークハウス界隈のある人が、”ギークハウスのコミュニティーに足を運んでいれば違ったんじゃないか”という発言が私には印象に残った。

 それくらいにこのあたりはゆるく考えているし、情報が多いから自分の会社がどれだけブラックかも分かるし、それよりずっといい環境があるということを知ってしまうのだ。
 
・仕事をやめるのがぜんぜん不安じゃない。転職がぜんぜん不安じゃない。本来はまわりに例がなくてもやるのが偉いとは思うが、なかなかそういうふうにはいかないものだ。まわりにニートがいるとか転職したという例が複数あったらだいぶ気楽に仕事をやめたり転職できたりする。
 
・転職する人というのは、自分自身の高校や大学の友人まわりを見ても(昔と比べ)だいぶ多くなっている気がするがギークハウス界隈さらに多く、”転職は同じ会社で3年たってから”といったりするけど、ITベンチャープログラマーだからかもしれないが、2年以内とか1年ちょっとという感じがする。もちろんネガティブな転職というよりはより良い会社へと言う感じだ。
 
(1-3)自分のこと

・ついに自分も会社の面接的なものに初めて受けたが、ちなみに自分は31である。どうにかプログラマーとして採用されて3,4ヶ月働いたところです。

・自分は会社には就職したくないとずっと思っていたが、それも大企業でどっかで見聞きしたみたいなイメージであったからだ、クソみたいなルーチンワークみたいなのがあったり、典型的な上司からの…みたいものがあるんだと思っていた。 しかしながら、周り(ギークハウス)の人たちを見ていると、どうやらそういう雰囲気ではなくゆるそうな感じであった。

・働く時間もフレックスで、会社にいかずリモートok。そんな世界は知らなかった。

フリーランスで半年働いては半年海外でのんびりしている人がいると聞いた。そんな話は知らなかった。そんな世界があるとは思わなかった。そういう意味では情弱だったんだ。


・自分も今現在は会社に言っているけど、フリーランスの契約だし、リモートで仕事もしたり、12月からは時間もフレックスで就業時間もない。 
 

(2)まとめ
 (2-0)まとめ的な感想 

ギークハウスだから情報も強かったという見方もできるが、というかそのような感じで書いていたがそもそも他のコミュニティーと関わり情報をやりとりするといいよ。ということになるかと思う。
 一人暮らしで仕事をしていたりすると、他にコミュニティーがなかったりする。そうすると、自分の環境がどのあたりでどの程度かわからないからね。
ただ、今のシェアハウスはプログラマーが多く、情報共有の面で優位性が強かったのかな。
 
(2-1)おまけ

・実はプログラマーだから、転職が多いのでは?
 →そういう部分もあるがギークハウスの人よりは、ある意味では慎重という感じを受ける。ギークハウスの人はあんまり保守的じゃない。
 
ニート(or軽いバイトや適当な副収入)でもやっていけたり自由な働き方ができるのは、実は能力が高いからでは?

 →半分はあっていると思います。ですが、いわゆる発達障害と言われるようなもの、性格というか得意不得意が尖っている人が多いという説があります(自分もそういう一面ありますので)。空白期間もあったりするので。

・同じく自由な働き方ができるのは、プログラマーだからでは?

 →現状基本的には、一部の専門的な仕事に限られる気はします。ただ、インターネットが可能にしたCtoCのサービスは枠を広げたのかなと思っているのですが。
 
 
明日は Masaki Takahashi さんです。

読書について

 

読書についてです。本の出会い方の話と少しのおまけ。

(注:小説以外の本を見つけようとした場合の話である。)

 

***

本をたくさん読めと言われたが、残念ながらネットの力は強大である

 

という記事を書いたことがあるが、

ざっくり要約すると、何か面白い本を探そうと思ったときに、どうやって探すが、本屋や図書館なりで本の背表紙を眺めて面白そうなタイトルのものを手にとってみるというのがまず考えられる。そうやって見つける事もあるけれど、記事を書いた2014年は、ネットで出会った、すなわち、ブログなりの記事で引用されていたものから気になって探して手にとってみる、そうやって出会った本の方が、圧倒的に面白いことが多い。

 

と書いた。

 

それは今も変わらない。いい本をタイトルだけでなかなか出会うことはない。もちろんそれは自分のセンスが悪いからかもしれない。ひとつ言っておきたいのは、2014年に出会った”銃・病原菌・鉄”。これは非常に刺激的で自分の思想に大きく影響与えるものだった。しかしながら、この本を図書館で手に取ることはまずありえなかったと思っている。タイトルだけで中身を想像できないうえに、この本が図書館でどのジャンルに置かれているかちょっとわからないが、世界史だ。自分は歴史について興味関心が弱かった。(ちなみに、あの本のタイトルはすごく好きだが微妙なんだろうと思う。中身と合わないわけではないが、全体の内容と合致するわけでもない。最近の本のタイトルはあまりにキャッチーでいけすかないと思う時もあるが、この本はあまりに硬派だ)

 

 

*ネットで本を見つけ、手に取るまで*

 

ブログなどで本の引用(または紹介)があって気になった本のタイトルをググる

そして、amazonのレビューをチェックしたり、ブログの読書感想の記事をチェックする。

レビュー&感想の類には、大抵、本のメインの主張が書いてあったり、一番美味しいところが書いてある。もちろん、詳細は省かれているので、その主張の背景がわからないのでそこで主張だけ鵜呑みにしてはいけない。それを見て興味があったら実際に本を手に取るわけである。

 

 ネットの記事でまず気になって本をチェック

→本の名前を検索して、本の主張や美味しいところをチェック

→実際に本を手に取る(買う)

 

 の流れをたどる。

 

それが慣れすぎちゃって 、別の話になるが、、、

 

***

なんなら、図書館とかで手にとった本が割と難しかったりした場合、タイトルをググってしまい、要約や大きい主張を先に見てしまう。

たぶん、この本の読み方は邪道だ。

自分が本の読み方についてもっと思い入れがあったり、分かりやすく言うと自分が物書きだったら、痛烈に批判されそうである。

けど、そうなってしまった。 

 

***

 

割と最近、読書熱が上がっていたので、書いてみた。

 

 

 

 

大学での勉強について、無駄について

(概ね自分語りです)

 

大学生よ授業を捨てろ、社会人に会いに行こう - xevra's blog

の中の”大学で学んだことの90〜95%は無駄”だというこの主張が気になった。 

 

***

私は、もともと思想的に無駄が好きだった。

ひねくれているからだと思うが、全くもって無駄な

芸術が好きだし、音楽が好きだし、アニメや漫画が好きだし、ゲームも好きだった。

衣食住に比べたら全く価値がない。実際、学生の頃は暇だからか理由はよくわからないが、音楽だったり、漫画とかに興味があったりしても、働きだすと忙しかったりしてだんだん、そのようなカルチャーに対するリソースを割く割合が少なくなる。さらに結婚して子供まで生まれれば、もっとその割合は薄くなりそうだ。

 

*大学では物理を勉強した*

大学も物理を選んだのは、高校の時に先生から物理学科どうですかって聞いたら就職にはあんまり役に立たないかなぁと言われたので、よしと思った。

そして、物理もさらに物理の専門分野の選択になったときに、一番世の中に使えなさそうな素粒子論を選んだ。

実際学んでみて、素粒子論はやっぱりまるで世の中の役に立たない世界だった。

 

 

*物理を学んだ思い出*

けっこう自分は大学時代、物理にはまった。厳密には物理を勉強することにはまっただけかもしれない。

相当やったし、アカデミックに進もうとも思った時期もあり、それ相応の量をやってた時期もある。

けどなんだかんだで、アカデミックには進まなかった。

そういう意味でたぶん物理に捧げたリソース、1万時間以上だろうか。それは無駄だったと言える。

だけど、私はそれでも満足している。

そこで、学んだ思考力あるいはその思考の方法というものだろうか。それはいまでもはっきりと自分の中で生きている。

物理も意外と今の自分の周りには興味がある人がいて、雑談のネタぐらいにはなっている。

30歳で初めての就活をしている。プログラマーになろうと思っているが、全く役に立ってないわけではない。が、大学でプログラムやった人の利用率に比べたら、それは比べものにならない。

その意味で効率が悪いと言われたら、効率が悪すぎるもいいところだ。

 

*** 

特にこれといって言いたいことはない。

効率的がいい方がいいという思想は現代においてはもっともだし、最初に引用した記事の学業に対しての主張は、書かなかったけど日本の大学の文化にも合っているように思う。

せっかく記事書いたんだからなんかまとめておくとしたら、これだけリソースを無駄にしても、ある程度一生懸命やってたらそれほど困らないというか、後悔はぜんぜんないってことかなぁ。

 

  

 

 

phaさんの持たない幸福論を読んだ。

主張の内容はだいたい前著ニートの歩き方と同じで、より詳しく書かれていたりする部分、付け加えてといった感じだ。家族に関する考えが多かったかな。

 

特にいいなぁと思った図があったので、覚書き程度に!

 

***

社会と自分の関係と題されて節があって、

 

f:id:aobon700:20160530154344j:plain

 

こんな図が載っていった。 


実はこの図も
見田宗介の「宮沢賢治
という本の中のものをphaさんが修正したものらしい。


自分のことばで説明すると、理想的には自分のやりたいことや趣味と合致したもので、社会的に認められればいい。認められるというのは、具体的にはそれによりお金が得られればいい。
その状態が図の(1)にあたる。

 


が、なかなかそうもいかないので、自分としてはやりたくないが、社会的に認められる、お金がもらえることをやることになる。それが図の(2)にあたる。


やらなきゃいけないことで、ある程度折り合いのつくことだった場合は、うまいこと(1)と(2)を行き来するような感じで、うまく(1)に戻れればいいが、
完全に自分の嫌なことになって(2)が抜けられないような状態になってしまった。
その場合は(3)と(4)を通過するのがよい。


(3)はもはや、社会的にも自分的にもだめな状態で、すごく簡単に言えば仕事をやめて引きこもるような状態だ。
phaさんはこれをいっぺん死ぬと表現している(ほんとに死んではいけない程度にと書いている)。


そんな状態で引きこもっていると、だんだんヒマになり何かしらやりはじめる。そこでやりはじめることは、普通は自分のやりたいことをやるわけで、それが(4)の状態である。
そこで、見失っていた自分の本来のものを取り戻すわけである。


そこで、元気を取り戻しどうにか社会と折り合いつけて、(1)に戻るというわけである。


***
長いこと(2)にいることは、精神的にもきつい。そこで消費しきってしまって、(3)の状態に行くと、(3)にいる時間も長く深く落ちてしまうので、
ダメだと思ったら、適度に(1)-(4)のサイクルを通過すればよい。
(phaさん的には旅することがおすすめとのこと)


サイクルを通過して(1)にもどってくると、考え方も変わったりして、前の自分とは違った、言わばバージョンアップした自分がいるはずだ。


そこで見える風景、感じ方は前とは違ってまたどうにかやっていけるだろう。

 

***

 自分なりのまとめでした。

日記

20代はだいぶ好きなことをやった。

 

ニコニコ動画は1000-2000時間見た。

ニコ生も200時間くらいは見た。たぶん。

音楽(やる方)は数百時間はやった。

音楽(聞く方)は途方もない時間費やした。

数学・物理はたぶん1万時間はやった。

漫画1500冊くらい読んだ。1000時間くらいか

アニメも1500話くらい見た。1000時間いかないくらいか

美術館は100回くらいいったか。ゆっくりみるから200時間くらいか

ブログも合計2-300時間くらいは見た。書くのにもだいぶ費やした。

本もたぶん多くは2-300時間くらいは見た。多くないけど小説も読んだ。

適当なネットサーフィンはどれくらいの時間を費やしたのであろうか。

ゲームは1000時間はしたか。

 

一方、多くのかたは

会社で仕事のスキルを学び、コミュニケーションのスキルを学び、たくさんカネを稼げるようになった。

 

自分は20代をほとんどカネになるような事はしなかった。

これでよかったと思っている。多少借金しながらでも、自由な時間をとった。

財産は今でも奨学金のマイナスを入れなくてもぎりマイナスのような状況だし、大学時代(学部時代)は正直親のスネをかじるような状況だったし、カネの面では最悪だ。

 

大学は週1程度のバイトを3年くらいはやったか。大学4年からはやっていない。

大学卒業後の2年間は週3のバイトを半年ちょいと週2のカテキョウを1年ちょいだ。

カネは本当にぜんぜん稼いでこなかった。

 

運動なんて散歩くらいしかしなかったから、それ以外の時間を完全に趣味的なことに捧げてきた。

それでもよかったと思っている。他人は勧めないけど、よかったと思っている。

 

大学卒業後の2年間はぜんぜん人との交流がなくて寂しかったけど、その分昨年は十分なほど人との交流があった。

 

30代はたくさんカネを稼ぎたいとかそういうつもりはあまりないというか、

むしろ、最低限稼いで自由な時間をいっぱい作りたい。

 

 

人の話を聞くことについて

人の話をよく聴く人は同性からも異性からも好感度が良くなると私は思う。

 

逆に言うと人のはなしを聞かない人は、はっきり言うと嫌われたりすると思う。

 

自分が20代の前半とかは、余裕がなかった、自分の価値観以外のものを許容するということはなかなかできなかったかなと思う。

話していると自然と自分のはなしが多くなった(自慢っぽいはなしも多かった)し、ついつい相手をおいてけぼりにして話してしまうことも多かったかと思う。

 

その反省もこめて書いてみることにした。

書きたいことは

 

 0.そもそも聞き上手というような相手のはなしを聴く

 1.お前は人のはなしを聞かないと言われてきた。

 2.相手のはなしを理解する。

 蛇足.アスペと言われる人たちへの同情

 

 0.そもそもはなしをきく

”人のはなしを聞く”とググるとどちらかというと、いわゆる”聞き上手になる”みたいなのがでてくるが、聞き上手になることはそれはそれでいいことかと思うが、ここでの記事では、必ずしもそのような趣旨ではない。

だが前提として、人のはなしを聞くというのは、とても人間関係のコミュニケーションの上で重要である。 

モテるテクでもある。よく言われるように、相手のはなしを聞くというのは、相手のことが興味があるという証拠であるし、はなしを聞いてあげることで承認欲求を満たすからモテるよってな感じだ。

私の趣味で引用すると、

秋葉原心療内科/モテるマンガ第6回「最初のデートは1時間!」byゆうメンタルクリニック | 秋葉原の心療内科/ゆうメンタルクリニック秋葉原院

にも相手のはなしを聞く重要性が説かれているし、

岡田斗司夫の愛人になった彼女とならなかった私 サークルクラッシャーの恋愛論 (コア新書) : 鶉 まどか : 本 : Amazon

の著者本人がとったメソッドが、相手の男性(たいていオタク)の趣味に興味を持ってそのはなしを熱心に聞いてあげるだった。(ちなみに、鶉まどかという人は一時期、一週間に3-4人から告られるように男性を仕向けるというほどの承認欲求中毒、コミュケーション中毒という過去を持つひとだ。)

 

 

 

 1.人のはなしを聞かないと言われてきた

私はよく10代のころ、親や目上の人から”お前は人の話を聞かない”と言われてきた。私の語彙や会話の考える伝える力が乏しかったせいか、自分は話を聞いていないわけではないと言っても、聞き入ってくれなかった。むしろ、親や目上の人がいっていた人のはなしを聞かないというのは、はっきりいって、”私(親や目上のこと)のいうことをお前は聞かない(ようするに従ってくれない)”という意味であったように感じている。私は話の内容を吟味した上ではっきりと否定をしていたつもりだったし、内容を理解していなかったわけではなかったと今でも思える。

私のこれから使う意味での”人のはなしを聞かない”は、その人のいうことに従えという意味では決してない。”はなし(の内容を理解して)きく”という意味だ。(内容を吟味した上であなたがどう行動するか全く別のはなしである。

 

 

 

 2.相手のはなしを理解する

自分は男性だが、モテるための会話術というのでは今回はぜんぜんなく、

どちらかというと議論に近い場合においてのはなしだ。

過去に私が書いた記事で 

なぜあの人はあんなわけのわからない主張をいうのか - ふらふらと生きる。

というのがあるが、

極端なことを言うと、全く自分の逆の意見を相手が提示してきた場合どうするかとかそういったはなしだ。上に書いた記事とまぁかぶるのだが、まるで、受け入れられないとなったときに、論理的におかしければ、それを指摘すれば、議論は深まるが、その人の思想というか考え方によるもの、生き方によるもの、その人の時代や記憶(経験)からくるものでであったりすれば、当然ながらどっちが正しいということは、議論のしようがない。

そのときに、どうしてそのように考えるにいたったのかを聞けばいい。まぁたいていは仲良くないと聞けないし、やんわりと聞くとしても相当のスキルがいるんだけど。

上の記事では聞くスキルを身につけるとか面倒だし、そもそもそんなスキルを身につけようとして欲しくないから、単純にたくさんの時間、会話すれば良いとした。

 

 例えば、自分は音楽やその他サブカル関係とても強い思い入れがある。強い思い入れがあるからこそ、これはちっとも面白くないとか思うものがあったりするものだ。

例えば、音楽でヘビメタが嫌いなジャンルだったとしよう。それで、ヘビメタが大好きって人あったら、はなしが結構噛み合わないものだ。それはそれで仕方がないし、人の好き嫌いだからどうなるものでもない。そうなったら、はなしを別に話題にするのも手であるが、さすがに20代よりも今は余裕が出てきたので、例えば、いつから好きなのとか聞いたりすることも有効だと思うし、たいてい嫌いなジャンルも確かにほとんど嫌いだったりする。でも中には、クロスオーバー的なことをやっている人もやはりいるもので、そこから、新しい音楽を見つけることができるかもしれない。

 

 

 *まとめ*

結局、人の話を聞くというのはコミュケーションにおいて重要です。 

 

 

 

蛇足

・昨今よく聞く、アスペルガーというやつについて、

アスペルガーだなと該当する人に、まぁ5人以上にはあってきたと思う。

 アスペルガーの人はまず、空気が読めない。みんな該当する。さらに、ネット用語でいうところのクソリプを飛ばすというかギャグを完全にマジレスで潰してくるというか、、、

それは、アスペの特徴なんだけど、まぁ空気を読めなくても、言葉を文字通り受け取りギャグを潰されてもいいんだけど、

たぶん、一番問題なのは、話を聞かないことだ。程度の軽い?あるいは、自覚があり改善しようと努力している人はいくらか議論ができたし、話を聞くということができた。問題は小さい。でも、まぁひどい症状というかそういう人はみんな全く人のはなしを聞かなかった。本当に全くだ。会話が成り立たない。キャッチボールが全然成り立たない。

自分もいくらか、本当に症状が軽いそのような傾向があるから、なんていうか言葉は悪いけど同情でそのようなアスペの人の話を自分が聞いたりするんだけど、そんなおれでも、かなり苦手意識が高い(得意な人なんていないんだろうけど)。

 

実際、そのようなアスペの人はほぼ必ず嫌われている感じだ。まぁ自分の付き合いがあるコミュニティーはみんないい人ばっかりだから、嫌うというのはちょっと違っていて、飲み会とかだとその場から逃げるという感じだ。さらによく知られた通りアスペの人は何か興味がある対象にはそのことにハマる傾向があるから、がっつりこっちが知らない話題をおいてきぼりにしてずっと話し続ける。

 

すごい才能があって他人の話しを聞く必要がないレベルの人は問題ないけど、だいたいのアスペの人はそうではない。だから、大変だよなぁって。

 

プログラマーの人たちの話を聞いて

最近、自分はrailsを勉強している。さすがに、自分もほどほどの年齢だし、適当に生きるといってもあまりに微妙なことはしたくない。その点プログラムのスキルを身につけることは非常にメリットが多いように感じられた。

 

 1.なくならない仕事

某人がよくいっていたことだが、英語とプログラムのスキルを身につければ、まず、くいっぱぐれがない。

最近よく話題なように、自分の仕事がロボットやプログラムに置き換えられて、なくなるんじゃないかということだが、当然ながらプログラムで動くのでプログラムを作る人はなくならない。したがって、プログラムの需要が単純にあることがわかる。

 

さらに、英語を身につけておけば、日本内に縛られることもないので、日本というものに嫌気がさしたら、他の国で仕事をすればいい。

 

 2.働く場所に縛られない。リモートワーク可能

プログラマーはある程度、知識を身につけてしまえば、リモートが可能な仕事である。実際、そのような人が多数いる。東京だと当然ながら、人が多く、仕事場にいくのは、だるいはずだ。それから避けることができるのは大きい。

なんなら、海外にいながら、日本の仕事を受けるだとか、日本にいながら外国の仕事をうけるだとか、そのような働きかたが可能。

 

 

 3.転職が容易

他の業種では、あまり聞かない転職だが、こっちだとはっきり言ってとても多い。というか普通のことだ。高校大学時代の友人で転職している人は、2割くらいの印象といったところだけど、

私の周りにいるプログラマーのかたで転職した経験がない人は、むしろ1割くらいだ。スキルがあればどんどん転職するし、フリーになる人も多い。

 

 

 4.対人スキルが重要な仕事ではない。

例えば、営業のような職業があると思うが、当然マニュアル的な契約の定石やスキル/知識もあるだろう。けど、やっぱり人間相手なんで、そんなにマニュアルでいけないだろう(と思うんだけど)。

もちろん、仕事となれば、プログラムを書く以外にそりゃ連絡やその他のコミュニケーションもあるかと思うので、対人スキルがゼロでいいわけがないが。

 

 5.fuckin'ルーティンワークを改善できる

たぶん、仕事だと微妙なルーティンワークがあるはずだが、改善することが、可能だ。というか、プログラマーやITの思想上だるいものを無くそうという方針でやっている人が多いかと思うのだが、だるいルーティンワークはプログラムで改善するができる。

他では改善できないというわけではないが、いくらか障害が多いことだろう。

 

 6.仕事にするまでのスキル・知識の量がそこまででもない。

ぜんぜん、違う分野だった人がスタートできる。それも3ー6ヶ月くらい勉強すれば、可能だという印象だ。別に工学部の情報学科を出る必要はない。

スキルが必要な仕事である割には、スタートにかける時間は少ないと思うのだがどうだろうか。

したがって、プログラミングスキルというのは専門性がそこまで高くない、汎用性があると言える。

 

 7.力仕事じゃない。

自分は体力がないので力仕事は無理です。

 

 

*デメリット*

・場合によってはというかリリース前は激務。いわゆる炎上してしまったりして、すごく大変な時期がある。

 

 

***

かなりいいと思える仕事であるが、残念ながら向き不向きがあるようだ。

ある程度、自分で熱心に勉強というか知識をつけようとすることができる人でなければならない。

実際、そこにたまたま居合わせたプログラマーのかたに聞いたが、割とノースキルからプログラムの仕事に挑戦し、生き残った人は1割程度ということらしい。

 

***

大学時代の友人に会うと、全員とまで言わないが、7割以上が仕事がクソだといっているし、そこでのやりがいみたいなものを感じるというような印象で仕事の話をする人はいない。

一方で、プログラマーの人は勉強熱心だし、そりゃ見てて大変な時期なんだなとかはあるけど、大学時代の友人の例でいっていたような、仕事がクソだという印象とは大きく違っていると感じる。

 

ここまで、書いてあれだけど、ただ、身の回りにたまたま満足のいく仕事をしている人が多いだけかもしれない。

よく聞くようにプログラマーでもSI系は、微妙だということしか聞かない。

プログラマーという仕事がいいんじゃなくて、たまたま周りの人の環境がいいだけなのかもしれないので、注意です。