ふらふらと生きる。

ルサンチマンオーラを身に纏う *** 京大の大学院に受かったことあります。が、笑えないほど底辺

私は親不孝だとは感じるが

ある人の記事をよんだ。そのなかで"錦を飾って戻りたかった"というのが胸に刺さった。

 
私は親不孝者である。
この年で定職にも就かず、生産的なこともせず、未来の計画は白紙で、ディスられそうな部分をあげたらきりがない。
 
大学も学部時代は、親のかねだし(当然返せてない)、とった学歴も有効利用せず、ちなみに親も働く年ではない。
 
だからといって、私が定職につけばいいなど極めてまっとうで、普通の意見だが、私としては、そのような選択肢は現時点ではとろうと考えていない。
 
しかも、例えば一回就職したけど、病気になったりしてやめたとかならいくらか同情も得られるかもしれないが、そもそも就職をしようともせず、音楽やるわとかわけのわからないことを言って、東京にきた。(東京にくる必要性もない)
 
 
母親は私のことが心配で眠れないという。病気になるからちゃんと定職についてくれという。そこで私は、実際に病院にかかってから言ってくれ。そうしたら私も考える。とまで言った。
 
そもそも親孝行するのは当然という考えは普通だが、恩(かね)は返すものという考えを捨てれば、親孝行する必然性はどこにもない。
 
まぁこういったわけで、私はクソみたいな人間だが、情がないわけではないし、寧ろどこまでいっても親孝行がうんぬん考えている時点で、そのことにとらわれている。だからこそ(天然ではなく)、私はクソなのだ。
 
それでも私は親孝行はしない。
 
妥協点はない。
 
もしかりに私が(ありえないが)妥協なりして、あとで人生を犠牲にしたと感じたり、実際に親が私の心配で病気にかかったりすることもあるかもしれない。こういうのを誰かの言葉を借りれば親子という病というのだと思う。